上昇すれば、下降する。伸びれば縮み、また伸びる。 多くの運動は出発点から到達点まで様々な軌跡を描き、そして2つの点が交互に入れ替ります。「スイッチングシャトル」は4つの立体作品(シャトルウォーター、シャトルベルト、シャトルチェーン、ストレッチングロボット02,03)から成り立つインスタレーションです。それぞれは独立した機構を持っていますが、センサーやスイッチによって繋がることで関係性を保ちます。そこではきっかけが目的となり、また、目的がきっかけに切り替わることでしょう。そして同時にそれは作品同士のコミュニケーションでもあり、点が線で繋がることで空間の意味性が多様に変容することを目指します。
ホースによって繋がれた2本の透明パイプの中の水がパイプ自体の上下運動にあわせてパイプ内を移動する。片方のパイプの中にはプラスチックの細い棒が入っており、それは水とともにパイプ内を上昇し、赤外線センサーに反応するとストレッチングロボット02, ストレッチングロボット03の動作スイッチとなる。
長方形の木枠の中に5色のファブリックのベルトが丸棒に巻かれており、モーターの回転によってそれぞれのベルトが伸び、巻き取られることを繰り返すことで、ベルトの巻が枠内を上下移動する。
色の異なる7本のアルミチェーン(各30m)が、天井近くの棚に設置されたドラムから垂直に垂れ下がり、モーターによって少しずつ床に溜まり、一定の時間を過ぎると上昇しそれを繰り返す。それは砂時計の砂や、かき氷の氷が溜まって行く様子を日用品で置換えた表現であり、またチェーンが上昇し巻き戻ることで、時間の非可逆性をもコミカルに提示する。
入れ子構造の人型ロボットのオブジェが、モーターとリレーによりゆったりとした速度で伸縮運動を繰り返す。2体のロボットは1個のモーターで制御されており、片方が上昇するともう一方は下降する。そして、ロボットの足裏が台座に着地すると、一方がシャトルベルトの動作スイッチとなり、もう一方はシャトルチェーンのスイッチとなる。
入れ子構造の人型ロボットのオブジェが、モーターとリレースイッチによりゆったりとした速度で伸縮運動を繰り返す。ロボットとは本来、人間の作業を効率的、連続的にサポートする存在であるが、この作品は単純な伸縮運動をするだけの人間にまったく役に立たないロボットである。しかし、そもそもアート自体が人間の役に立つのかという命題からすると、この作品の存在は、役に立たないアートの中の役に立たないロボットという意味合いにおいても入れ子構造となっている。
おもちゃのピッチングマシーンを改造した2台の装置が舞台でキャッチボールを繰り返す作品。2個のボールが定期的にアームから投げ出され放物線を描き向い側のネットの中に入ります。 数十回に一回軌道が逸れネットの外にボールが落ちますが、袖に待機している出演者が拾いネットの中に入れます。ここでの装置同士のキャッチボールはコミュニケーションを意味します。私たちはコミュニケーションのズレによって勘違いや、あらぬ方向に関係性が進む事が多々ありますが、それがコミュニケーションの可能性を拡大していくことも事実です。そのズレ(ここではキャッチボールのエラー)をあえて作品内に取り入れる事によってコミュニケーションを包括的に表現します。そして同時に、本来は人間同士が行うキャッチボールを機械同士にさせ、機械がエラーしたボールを人間が拾ってネットに戻すという、人間と機械の関係性を逆転させたシチュエーションをアイロニカルに提示します。(myspace,のようなので。Co.うつくしい雪 Co.UTSUKUSHIYUKI ALL RIGHTS RESERVED.(C)2009 Photo: スズキアサコ)
「押す」「引く」「回す」、私達が日常生活において何気なく行う基本的な動作は、デジタル・テクノロジーが日常に浸透してきた21世紀に入っても意外とシンプルです。例えばドアを開ける、車のハンドルを握る、マウスをクリックする、これらの動作は私たちにとって順位や優劣はなく非常に単純な身体行為です。しかし、そこには大きな違いを発見する事もできます。それはそれらの動作によって引き起こされる出来事に高度なテクノロジーが組み込まれていればいるほど、単純な動作の一寸先は複雑化され、構造が不過視化していくという事です。今後私たちの日常生活は、更なる利便性を追求すればするほど、見えないシステムによって塗りつぶされ「一寸先は闇」ならぬ「一寸先はブラックボックス」というような状況が益々加速すると想像できます。家庭内においてはコンピュータやケータイがコントローラーとなって洗濯機やテレビなどの電化製品、更には机やソファーなどの家具までもがネットワークで繋がっていくかもしれません。今回のインスタレーションでは高度なデジタル・テクノロジーに支配されるであろう私たちの日常生活を、水を媒介とした原始的なシステムに置き換えることで、アイロニカルに表現することを試みます。
風力によってピンポン球が透明パイプの中を上昇し、ジグザクに配置された8枚の卓球のラケットに当たりながら落下する。落下の軌跡は毎回異なり、 すべてのラケットに当たらない場合もある。成功、失敗関わらず運動の軌跡を作品内に取り入れたインスタレーション。
「一寸法師(少量法律助言者)」からインスパイアされたオブジェクト。2枚が一組になった透明塩ビ版(直径40cm)に3つの穴(直径16cm)が空いている。それぞれの塩ビ版の角度をずらすことによってピンポン球(ピンク、青、黄色)が螺旋を描きながら回転する。
小学校時代はボールが友達との大きなコミュニケーション・ツールだった。ハンドベース、サッカー、ドッヂボール、そして自分たちで編み出した新しい遊戯。無邪気に楽しかった友達と過ごした特別な時間が思い出される。かつて学校としてとして使用されていた藤村記念館でも展示品の中に当時使われていた様々なボールを見ることができる。自分自身の記憶、そして建物の記憶を呼び起こし、ボールを使ったインスタレーションを展開する。
おもちゃのピッチングマシーン4個を四方に配置しピッチングマシーン同士のキャッチボールを展開する。ボールの軌跡は毎回異なり、キャッチボールがとぎれる場合もある。成功、失敗関わらず運動の軌跡を作品内に取り入れたインスタレーション。
スチレンボードで作られたビルディング型のオブジェがモーターによって上下に伸縮する。SF映画「「ダークシティー」(1997)の特撮シーン、高層ビル群がメタモルフォーズする様を立体化した作品。90年代以降いわゆるハリウッド映画にはコンピューター・グラフィックスが欠かせない映像技術となり、数多くのSF映画においてそれまでのアナログなストップモーション撮影からデジタルに取って代われ、実現不可能であった映像表現が可能となった。この作品ではそのような映画技術で誕生したイメージをあえてアナログ的手法でシンプルな立体として表現することによって、アナログとデジタルの差異を問っていく。
コントロールタワーとランダムに離れたところに位置する24本の透明パイプがホースで繋がり、ハンドルを回す事によって水がパイプに移動する。現代人は距離をネットワークで克服しようとし、世界のどこでも同じ情報をリアルタイムで手に入れられるようにと躍起になっているが、情報化社会が進むするほど、伝わっていく情報は発信者の意図とは別の方向に進んでいく事も事実。チューブの中にはそれぞれサインがセットしてあり、水が移動するとサインが現れる仕組みになっていて、それらを発信者が選ぶ事はできない。世界が見えない線や網で繋がっている現代を原始的なシステムで表現する事によって繋がる、伝わるとは何かを問い直す。
コンピューターグラフィックスのワイア−フレームをイメージした5個のタワー型オブジェクトが自転、公転を繰り返しなが ら暗闇を浮遊するインスタレーション。私達が日常生活において視覚を通して認識するイメージの半分以上は、もはやリアルに存在する実物ではなくモニターやスクリーンを通しての信号化されたイメージではないであろうか。この作品ではその機械的媒体によって産出されたイメージを、糸やスチレンボードなどをマテリアルに、アナログな立体物として現実空間に出現させる。作品空間を体験する観客は、一見プロジェクションされた3Dイメージだと感じるかも知れない。しかし空間に視覚や聴覚が慣れるにつれ、作品から発せられる微弱なモーター音、多少安定感が欠ける回転から徐々にそれがプロジェクションではなく、そこに存在するムービングオブジェクトだと認識が変化する。最初に認識した作品の時間的、空間的感覚が、鑑賞する間に脳内で変化、補正される様をこの作品を通して表現することで、改めて日常当たり前だと認識している事象、行為が果たして本当にそうなのかを問いかけたい。「第7回岡本太郎記念現代芸術大賞展」特別賞受賞作品。
真っ暗な空間に、コンピューター・グフラフィックスのワイアーフレーム(竜巻型)をイメージした3つのオブジェを空中に配置する。モーターで多重回転させ、ブラックライトで光らせることにより、擬似的なデジタル空間が出現する。
12個のプラスティックの球体(モーターによって動き障害物にぶつかると方向転換する、直径12、15、18cmの3種類のボール)が人工芝の上をランダムに駆け巡り、その 中に観客が入って球体と戯れることによって成り立つ作品。休日の公園で見られる飼い主のペットと戯れを球体に置き換え表現した。
コンピューターグラフィックスのワイア−フレームをイメージした3体 のタワー型オブジェクトが自転、公転を繰り返しなが ら暗闇を浮遊するインスタレーション。私達が日常生活において視覚を通して認識するイメージの半分以上は、もはやリアルに存在する実物ではなくモニターやスクリーンを通しての信号化されたイメージではないであろうか。この作品ではその機械的媒体によって産出されたイメージを、糸やスチレンボードなどをマテリアルに、アナログな立体物として現実空間に出現させる。作品空間を体験する観客は、一見プロジェクションされた3Dイメージだと感じるかも知れない。しかし空間に視覚や聴覚が慣れるにつれ、作品から発せられる微弱なモーター音、多少安定感が欠ける回転から徐々にそれがプロジェクションではなく、そこに存在するムービングオブジェクトだと認識が変化する。最初に認識した作品内の時間・空間が、鑑賞する間に脳内で変化、補正される様をこの作品を通して表現することで、改めて日常当たり前だと認識している事象、行為が果たして本当にそうなのかを問いかけたい。
エアポンプとウォーターポンプによって、空気と水が透明チューブ(30m x 5本)の中に約1cm間隔で交互に入れられ時速約20kmで駆け巡り、ブラックライトによって水は黄色の蛍光色に光放たれる。スピードという概念が現代社会において最重要なキ−ワードの一つであるが、この作品では上空から俯瞰した深夜の高速道路をイメージし、車の光の流れを空気と水で表現した。
竹内秀作によるコンテンポラリー・ダンス、「アルファベット」の為の舞台両側のオブジェを制作(オランダの主要都市を巡回)。オランダは世界で最も坂が少ない国であり街中での主要な移動手段は自転車である。アムステルダム市内には数多くの自転車のホイールが廃棄されており、この舞台装置の為に24個のホイールを収集した。ホイールをピンクと緑の蛍光色に塗り、2個一組で蛍光色の糸でスポーク同士を結ぶ。そしてモーターで回転させブラックライトで光らせる。
傾斜のついたサイズが異なる21層の回転軸の異なるリングが、モーターによって回転するクロワッサンをモチーフとしたオブジェクト。両面が異なる色(表面-青、裏面-紫)のため、回転することによって色が上下にスライドする様に見える。私達が日常生活において視覚を通して認識するイメージの半分以上は、もはやリアルに存在する実物ではなくモニターやスクリーンを通しての信号化されたイメージではないであろうか。この作品ではその機械的媒体によって産出されたイメージを、糸やスチレンボードなどをマテリアルに、アナログな立体物として現実空間に出現させる。作品空間を体験する観客は、一見プロジェクションされた3Dイメージだと感じるかも知れない。。しかし空間に視覚や聴覚が慣れるにつれ、作品から発せられる微弱なモーター音、多少安定感が欠ける回転から徐々にそれがプロジェクションではなく、そこに存在するムービングオブジェクトだと認識が変化する。最初に認識した作品の時間的、空間的感覚が、鑑賞する間に脳内で変化、補正される様をこの作品を通して表現することで、改めて日常当たり前だと認識している事象、行為が果たして本当にそうなのかを問いかけたい。
フレームの前方にあるバーを引くとフレーム内にグリッドが作られ、フレーム下部に貯めてあるシャボン玉液がグリッドに付着する。後方に位置する送風機の風が前方に吹くことにより巨大なシャボン玉が作られ、フレームから放出される。SF映画「「アビス」(1989)に登場する水で形作られたエイリアンにインスパイアされた作品。90年代以降いわゆるハリウッド映画にはコンピューター・グラフィックスが欠かせない映像技術となり、数多くのSF映画においてそれまでのアナログなストップモーション撮影からデジタルに取って代われ、実現不可能であった映像表現が可能となった。この作品ではそのような映画技術で誕生したイメージをあえてアナログ的手法でシンプルなインスタレーションとして表現することによって、アナログとデジタルの差異を問い直す。
風力によって2つのボールが透明パイプの中を駆け巡り、ボールが映写機に向かって下る時天井に光の波紋が現れる。誰もが知っているアメリカのアニメーション「トム&ジェリー」のトムとジェリーが追いかけっこする様をボールに置き換えて表現。2つのボールが追いつ追われつ、永遠に追いかけっこを続ける作品。